ランドロワイデアル (2009年8月)

読み切り32ページ。週刊少年サンデー超(スーパー)2009年9月号に掲載。
および小学館のWebコミックサイト「クラブサンデー」にて2ヶ月間の期間限定配信。

タイトルはフランス語で「理想の場所」という意味です。

普段からボーッとしていてとりえはないけど、好きな夢を自由に見れる少女マチコが
夢を壊す怪人を追い続ける、名前のない男と出会うドリームファンタジーです。

前号に続いて二カ月連続での掲載となった読みきりです。
僕にとって初めての女の子主人公+現代ベースの話になりました。(ほとんど夢の中ですが)

オマケで、原稿前に書いた小説版を載せてみました。


@夢の終わりと始まり





「夢を見なくなったのはいつからだろう…。

いや、正確に言えば思い出せなくなったのだ。

私の大好きな夢はなんだったのか。

大好きなあの人と出会えたはずの夢はどんなものだったのか。

今では名前さえ思い出せない。

あの人は一体誰? 私の夢はどこにいってしまったの。」



中学校に通う朝岡マチコの唯一の自慢は、

自分の好きな夢を思うままに見れるということだった。

夢の中でなら、欲しいものはいくらでも買えるし、

お姫様になって豪華な生活もしたい放題、

気になるクラスの男子ともデートしたりもできた・・・



はずなのだが、それができない。できなくなってしまったのだ。

夢を見なくなったのに眠る時間は長く、深くなる一方。

しかも記憶の一部、思い出の一部が欠落していくように思えるのだ。

思えるというのは、確信ではなく、なんとなくそう感じる気がする、

というあいまいな理由からだ。



しかし実際に、その違和感は彼女の生活に支障すらきたし始めた。

どうしたことだろう、クラスの友達の顔が黒く見えるのだ。

もはや顔どころか名前さえ、いや友達だったのかさえ思い出せない。

そんな状態にありながらもマチコはただただ眠気に襲われるがまま、

今日も机に突っ伏してしまうのだ。



放課後、下駄箱でクラスメイトらしい人物に

「また明日」と声をかけられるが、もちろんその顔は黒いのだ。

いまだにボーッとする頭のままマチコは、あいまいに会釈をし、

一人校門を出て家路につくのであった。

「ああ…眠たい。眠りたい。」



今すぐにでもベッドにもぐりこみたい気持ちの

マチコの視界はすでにぼやけ、足取りもおぼつかない。

と言っているそばから思いっきりずっこけるマチコ。

ところが自分の目の前に、白い猫がいるのがはっきり見て取れる。

白い毛が夕日に反射してキラキラと光る。

実に品のよさそうな猫だ。

マチコは興味をひかれるがまま、その猫について行くことにした。



いつの間にか日も暮れてしまい、

帰り道を外れマチコは雑居ビルに囲まれた、薄暗い路地裏へと足をのばしていた。

消えかけた電灯がチカチカと光る気味の悪い場所だ。

あの猫はというと時おり後ろを振り返りながら、マチコをさらに奥へ奥へと誘っていく。

ふと猫が立ち止まり、脇道へと入った。急いで後を追いかけたマチコだが、

そこは行き止まりで猫の姿はなかった。

マチコは考える気力もなくし、一人たたずんでいると突然声をかけられた。

「何かお探しですかなお嬢さん。」



誰もいないと思っていたが、

壁の脇には帽子を深くかぶりこんだ老人がうずくまっていた。

よくよく見るとその手にあの白い猫を抱えている。

マチコは答える。

「ええ、その猫を捜してたんです。」

「いいや、違う。」

老人の声はいつの間にか若い声に変り、

帽子と古ぼけた服をはぎ取って立ち上がった姿は、二メートル近い長身の細身の男だった。

猫の姿はもうない。



さっきとは違う帽子をかぶりなおした男の姿は、道化師と言ったらいいのだろうか、

黒いコートは背に向かうほど長く足元まで垂れ、大きく四つの切れ込みが入っている。

帽子はとんがっているかと思いきや

猫の尻尾のように先に行くほどクルクルッと丸まり、つばは前に大きく三角に飛び出し、

後ろにも二つの三角があり、その先に鈴が付いている。



「君が探しているのは、もっと別のなにかだ。違うかね、お嬢さん。」

「私、お嬢さんじゃありません。私には名前が、私の名前はマチ、マチ…。」

「ふむ、自分の名前さえ十分に思い出せなくなっているようだね。

 まあいい、とりあえず、マチと呼ぶとしよう。」

「違います。私はマチじゃありません。私は、私は…。」

「マチ、君にいいものをあげよう。」



男はどこからともなく現れたトランクの中から一枚の鏡を取り出した。

男の大きな手にも余るくらいの鏡。

その形状は楕円形で豪華な装飾を施され、鏡の部分がせり出している。



「これは魔鏡といってね。君を夢の世界へと誘ってくれるんだ。」

「夢…!?そうよ、私は夢を、夢が見たいんです。

 楽しかったはずのあの夢を探しているんです。どうしてあなたはそれを…。」

とマチコが男に問いかけようとした時だった。

道の向こうから耳障りな音が聞こえてくる。

それはまるで壊れたテレビのノイズのような不快な音。

「グゥイギッ、ギギッ、シンニュウシャアリ!シンニュウシャアリ!」



二人の前に現れたのは、ぎこちない動きのロボットたち。

ロボットとはいっても高級なものではない。

ブリキでできた表面はすでに錆びつき、関節からは油が滴っている。

それでも赤く点滅するその眼は、二人を威嚇し続けている。

「ブブッズゥイーグッ……!ダプナーサマノリョウイキニ、

 アシヲフミイレシモノハショケイセヨ!ショケイセヨ!」

あまりの出来事に言葉を失っていたマチコだが、そんな猶予はなさそうだ。

ポンコツロボットたちは、ぞくぞくと集まり、その手には思い思いの武器を携えているのだ。



「ふーむ、こんなにも早く見つかるとはね。」

「い、一体何なんですか。こんなの現実じゃあり得ない。」

「じゃあ、現実ではないのかも。そんなことよりもマチ!

 ここは僕にまかせて、早く後ろの扉に飛び込むんだ。」

行き止まりだったはずの奥の壁には、

いつの間にかレモン色の扉がライトに照らし出されていた。

鉄ででき、鋲の打たれた重厚な扉だ。



「と、飛び込めっていったって、この扉、取手もノブも何処にもないじゃない。」

「かまうことはない。ひと思いに飛び込めば、い・い・ん・だ・よ!」

ドンっと男に背中を押されたマチコの体は、

扉に激突するかと思いきや、扉にめり込み、

ついには突き抜けてしまった。

しかし、突き抜けたはいいがマチコはすぐに壁にぶつかってしまった。

なんのことはない、

扉の向うは人一人がようやく入れる空間しかなっかったのだ。

扉ののぞき窓から、わずかに男の顔が見える。



「さあ、マチ。心を静めて、魔鏡と向き合うのだ。

 決してダプナーの手先につかまってはいけないよ。

 その魔鏡はきっと君を助けてくれるはずだ。」

「待って、ダプナーって一体…?それに私あなたの名前をまだ聞いていないわ。」

「時間がないぞ。マチ!こうしている間にも君の夢はどんどん喰い荒らされている。

 その元凶にまで辿りつけるのは他ならぬ君しかいないのだ。」

「わ、わかったわ。でもせめて名前を」

「名前…僕の名前……。急げ、マチ!もう時間がないのだ。」

その瞬間マチコは自分が倒れる感覚をおぼえた。

自分が閉じ込められた空間ごと横倒しになったのだ。

男の顔はもう見えない。

否応なくマチコは魔鏡との対峙を余儀なくされたのである。



鏡を覗き込むと当然のように自分の顔がある。

しかしその顔は、海の底にでもあるかのように、

遠い存在のようにマチコには感じられた。

と同時にしばらく忘れていた眠気が彼女を襲い、

意識は底へ底へと引きずられていった。








A怪人ダプナー





マチコは夢を見た。

じつに久しぶりの夢ではあったが、残念ながら自分の夢ではなかった。

その夢の持ち主はどうやらあの男のようだった。

時代は中世のヨーロッパだろうか、装飾や衣装は実に重厚できらびやかだ。

しばらくは、楽しげな夢が続いた。

あの男が愛した人だろう、美しく若い女性との幸せな日々。

しかし永くは続かなかった。



男の苦悶の表情。

胸が張り裂けそうになる感情、慟哭がマチコに迫ってくる。

「エリザの夢を、エリザをかえせ!ダプナー!!」

夢はそこで終ってしまった。



「なんて悲しい夢…。」

目覚めたマチコは周囲の光景に息をのんだ。

崩れたレンガや朽ちた木材。それらは残骸であった。

残骸の中にわずかに見覚えのあるものが落ちている。

穴が所々に空き、スポンジが飛び出しているが、まぎれもなくマチコが幼い頃

誕生日プレゼントとして、父に買ってもらったクマのぬいぐるみだった。



「どうしてこれがこんなところに。」

ぬいぐるみを抱き上げたものの、マチコは異変に気づき、すぐさま手を離した。

虫だ…。ウジ虫のような生き物がぬいぐるみの穴を喰い広げているのだ。 

そしてマチコは気がついた。

この残骸は自分が大切にしていたおもちゃなのだと。



レンガや木材の残骸にしたってそうだ。

かろうじて形をとどめる窓枠を覚えている。

大きさがあまりに違うから気がつかなかったが、

これは自分が中に入って暮らしたいと思っていた、あのドールハウスの朽ちた姿だ。



そして、あの男の言葉を思い出す。

「時間がないぞ。マチ!こうしている間にも君の夢はどんどん喰い荒らされている。」

そう自分は今、自分自身の夢の中にいるのだ。

しかもその夢は、無残にも虫に喰われ、原型すら留めてはいないのだ。

マチコは思った。自分が夢を見なくなったのはこのせいだったのだ。



すると、どこからともなく悲鳴が聞こえてくる。

それは崩れかけた窓枠の向こうに広がる別の空間からだった。

マチコが覗くと、のどかな町が

二匹の黒い鎧を身につけた生物に襲われ、人々が逃げ惑っている。

他人事ではないこれは自分の夢なのだ。

「助けなきゃ。」

そう思ったとたん、驚くことにマチコは、黒い生物の前に立っていた。



「んん?なんだ、こいつは〜。」

右の黒い生物が鋭い爪で、マチコを威嚇する。

「おいこいつは、この夢の主だぞ。」

左の黒い生物が答える。

「どういうことだ、夢の入り口はダプナー様が塞いどいたはずなのに〜。」

「魔鏡でもない限りは、夢の深淵まではたどり着けんはずだ。」



二匹のやり取りを聴いて、マチコは二つの事柄に気がついた。

ひとつは、こいつらはダプナーの手先であって、

そのダプナーが夢を破壊する元凶なのだということ。



そしてもうひとつは、

あの男から渡されたはずの魔鏡が何処にもないということだ。

「まあいい、こいつを捕まえて、ダプナー様に褒めてもらうんだ〜。」

鋭い爪がマチコに襲いかかる。



その時、思わず両手を前に出したマチコの左手が輝きだし、

大きな盾が現れ、爪を防いだのであった。

その盾はよく見るとあの魔鏡が大きくなった姿で、

さらに鏡の装飾部分は見る見るうちに変化し、

マチコの鎧、そして大口径の銃へと姿を変えたのだ。



「こいつ、魔鏡をもってやがる!」

「生け捕りはやめた〜。生かしちゃおけね〜!」

再び迫りくるダプナーの手先に対して

マチコが手にする銃口が火を噴いた。

「ぐぎゃーーーーっ!」



二匹の生物は鎧も含めてドロドロに溶けてしまった。

「すごい、これ私がやったの?

 ・・・よーし、これで悪ものをバンバン退治してやる!」

意気揚揚とその場を立ち去ろうとしたマチコであったが、

その背後でドロドロに溶けた二匹の塊が、ぐるぐると渦を巻き、一つになり始めた。



あたりの風景は見る見るうちに色彩を失い、よどんでいく。

「くくく、夢の持ち主自ら、我輩の前に現われるとはな。」

今まで聞いたことのないような低く、唸るような声がマチコに迫ってくる。



マチコの目の前に現れたのは、全身が白く燃えるような赤い髪と、

端がギザギザのマントを腕の脇から垂らした、怪人であった。

マチコは直感した。この怪人こそがダプナーなのだと。



「あなたね!私の夢をめちゃくちゃにしてくれたのは。」

「ああ、その通りだ。あと少しでお前の夢を喰いつくし、

 現実世界のお前自身も亡きものにできたものを。」

「そんな、あなたは私を殺すつもりで…。一体どうして。」



「ときたまだが、お前のように意識を保ったまま夢に入り込む人間がまれにいる。

 我輩はそういう者を『夢這う者』と呼ぶが、それが邪魔で邪魔でしょうがない。

 夢の世界の支配者はこのダプナー、ただ一人で十分なのだ。

 本来ならば、貴様のうまい夢を喰らいつくした後に、安らかに死んでもらう予定だったが、

 どうやらここまで貴様を導いたクソいまいましい男がいるようだな。」



ダプナーが、あの道化師のような姿をした男のことをにおわせた時、

マチコの脳裏には、あの夢の光景が浮かんだ。

「そうよ、あなたは私の夢だけじゃなく、エリザって人の夢までとったんでしょ。

 今ここで全てを元通りにして!さもないとこの銃が火を噴くわよ!」

「・・・貴様、なぜその名を知っている。」

エリザの名を聞いて、ダプナーの顔つきが明らかに変わった。



恐怖を感じたマチコは火炎銃の引き金を引いた。

「きゃ!」

しかし、その瞬間、炎はダプナーの右手でかき消され、

地面からはい出した黒い流動体によってマチコの体は拘束されてしまった。

身動きの取れないマチコの顔に近付いて、ダプナーは言う。

「その名はすでにあいつから奪い取ったはずだぞ!」

発せられた言葉には殺意があふれ、その眼は血走っている。





B永遠の追いかけっこ





黒い流動体はさらにマチコにきつく縛りつき、鎧にひびを入れる。

マチコが一瞬、死を覚悟したその時、鏡の盾から聞き覚えのある声が発せられた。

「しっかりしろ。マチ!今助けに行くぞ。」

そして鏡を突き破ってあの男が姿を現し、トランクから紫に輝くローブを取り出したかと思うと、

あっという間にマチコにとりついていた黒い流動体をなぎ払ってしまった。



「遅れてすまないマチ。

君の夢の深淵にたどり着くには、どうしても君自身の案内が必要だったんだ。

 しかし、ここはすでに奴のテリトリーだ。もっと君が戦いやすい場所に奴を引きずり込むんだ。」

「わ、私の名前はマチコです!そんなこと言われても、私には…。」

「何を言っている。ここは君の夢の中じゃあないか。ただ思い描けばいいんだよ。」

男に言われたとおり、マチコは念じてみた。



すると突然、大地が崩れ去り、その下から青空が現れたのだ。

当然、三人は空へと落ちていくが。

マチコの身につけている魔鏡は再び姿を変え、

プロペラ機となって男とマチコを乗せると大空を滑空しはじめた。

ダプナーはというと自らの体を飛行形態に変え、マチコの夢から逃げ出そうとしている。



「すごい!私できた。できたわ!昔みたいに自由に夢を見れる!」

「ははは、すばらしいぞ、マチ。ダプナーが恐れているのはこういうことさ。

 奴は自分の思い通りにならない夢を恐れているのさ。

 そして君は僕の愛しい人の名前までも思い出させてくれた。感謝する。」

「まって、どうして?どうして好きな人の名前も、自分の名前さえも…」

「忘れてしまったのか。そう聞きたいんだね、マチ。

 僕の…エリザは君と同じようにダプナーに夢を奪われ、

 眠りについたままついに目覚めることはなかった。



 僕は夢の世界にダプナーを追った。

 昼も夜もない夢の世界をただひたすらさまよいダプナーを追いかける日々。

 そうすれば彼女の夢を取り戻せるかもれない、

 そうすればきっとという淡い希望からだ。」



「じゃあ、あなたは、眠りから覚めることなくずっと夢の世界に?」

「ああ、恐らく何十年、何百年と時が経ち、僕の肉体はとうに失われているだろう。

 自分がいつ死んだのかさえ気がつかなかったよ。」

「そんなことって。」



「しかし、それが奴の狙いだったのさ。肉体を失った僕の精神は拠り所を失い、

 夢の世界でたちまちダプナーに砕かれてしまったのだ。

 ダプナーはそこですべてが終わったと思っただろう。

 しかし、皮肉なことに『ダプナーから彼女の夢を取り返す』という思いだけが

 僕の精神にこびりつき、僕という存在を保ったのさ。」



「じゃ、じゃあ、あなたは幽霊みたいなもの?」

「ははは、確かに似たようなものかもね。

 でもまたそこから、延々とダプナーを追い続けていたってわけさ。

 自分の夢も見ることはなく、過去は永久に忘却されたかと思っていたが…。

 マチ、君は僕の夢を見たんだね。」

「ええ、あの鏡をのぞいて、自分の意識が深く沈んでいくのを感じたの。

 その時に見たんだけど…。ごめんなさい。あなたの名前までは。わからなかった。」

「なにも謝ることはないさ。僕はとてもすがすがしい気分だよ。

 マチは僕の夢の欠片を見つけてくれたのだから。」



思いもかけず男に抱きしめられたマチは、

恥ずかしさのあまりプロペラ機の操縦をあやまり、あやうく墜落しかけるところだった。

「さあ、マチ。そんなことよりもダプナーを捕まえるほうが先決だ。

 奴はマチのように夢を操る力を持つ人間を抹殺するつもりなんだ。

 けっして見過ごすわけにはいけない。」

「わかったわ、やってみる!」

薄っぺらいマンタのようになったダプナーは、

マチコたちを振り切ろうとさらにスピードを増す。マチコは再び念じる。



するとダプナーの目の前に巨大な猫の手があらわれ、

たちまちダプナーをはたき落してしまった。

ダプナーが落ちた場所に着陸すると、

地響きとともに地中からダプナーが姿を現した。

ダプナーの姿は異様に長く伸び、体の側面からも長い手足が何本も伸びている。

そのシルエットはまるで巨大なナナフシのようだ。

足をワキャワキャと高速で動かし、

再び逃げ始めたダプナーの向う先に、なにやら近代的な建物がある。



「夢の狭間だ。ダプナーはどうやらあそこから別の夢に逃げ切るつもりらしい。」

「じゃあ、早く追わないと。次は魔鏡に車になってもらう?」

「いやもっと。速いものがある。

 僕はこれでも、ただ夢の世界を放浪していたというわけではないんだ。

 夢の世界に隠されたアイテム。それをいくつも持っている。

 その魔鏡も、このトランクもね。」



「トランク?」

いぶかしむマチコをよそに男はマチコを抱えあげ、縦にしたトランクの上に馬乗りになった。

するとトランクから突然、タイヤや噴射ノズルが飛び出し

轟音とともに大草原を疾駆し始めた。



「ええい、しつこいやつだ。」

追いかけてくるマチコと男に気付いたダプナーは、

背中に六つある突起口から、なにやら怪しげな黒い玉を産み落とした。

その玉はやがて地面に落ち、はずむと同時に

凶器を持ったあのロボットたちへと変わり、マチコたちに襲いかかってきた。

「おっと、ここはマチの出番だな。」

「え?私の!?」



するとマチコの持っている魔鏡が再び変化し、弓矢へと姿を変えた。

しかもその弓の上下には小さい矢が整然と並べられ、

連射ができるようになっている。迫りくる敵を次々と射落とすマチコ。

だが、そうこうしている間に、ダプナーは建物へと到達し、ガラスの扉を閉じてしまった。

「このまま、突っ込むぞ!」

意を決して、目をきつくつぶるマチコ。ガラスの扉は粉々に砕けた。

 ガシャーーーンッ……!!

 周囲に音がこだまする。





C夢のつづきを





マチコと男が飛び込んだ先、そこは暗闇の世界だが、

色々なところに様々な形の穴が空いている不思議な空間だった。

だが暗闇の中で確かにダプナーの声がする。

「ようこそ、おいでくださった。ここが夢の狭間だ。」

気がつくとダプナーが別の夢の入り口に飛び込もうとしているではないか。

とっさにマチコが弓を射る。

するとその矢はみごとにダプナーの足に当たり、ダプナーはその場にうずくまる。

「今よ、早くダプナーを捕まえて!」

男はすかさずダプナーの腕をつかんだ。

「ダプナー、ついに、ついに捕まえたぞ。」



だがその瞬間、ダプナーはドロドロと溶けだし、

排水溝のような小さな穴へと流れて行ってしまった。

あまりの出来事に、膝をつき、わなわなと震える男の耳に、

穴の底からダプナーの高笑いが聞こえてくる。

「かっかっかっ。残念だったな。

 貴様にはそうして暗闇で這いつくばっている姿がお似合いだ。かーーっかっかっかっ。」

やがて声は聞こえなくなってしまった。

マチコは男に何と声をかけたらいいのかも分からず立ち尽くしている。

すると男は悔しさの余り地面を殴りつけた。

その眼には涙が浮かんでいる。



「クソッ!まただ。また…取り逃がしてしまった。

 今までに何度も何度も奴を追い詰めてきた。

 でもだめだ、あと一歩で手が届いたはずなのに逃げられてしまう。

 僕はつくづくダメな男だ。どうか笑っておくれよマチ。」

「…そんなこと、あなたがダメだなんてそんなことない!

 だってそうでしょ、さっきあなたは確かにダプナーの腕をつかんだじゃない。

 ならいつか必ず捕まえられるわよ。

 そうよ、私が手伝うから、そしたらきっとうまくいく。

 それにあなたは私を救ってくれた。

 だからもう泣かないで…。」

そっと男を抱きしめるマチコ。そう言いつつ彼女も涙している。

「君は優しいんだね、マチ。君に出会えてよかった。でも、もうお別れだね。」

「えっ?それってどういうこと?」

すると先程まで黒かった世界が白く崩れだしていく。しかし音はない。



「君の夢が終わろうとしているんだ。

 つまり、現実世界のマチが目覚めようとしているのさ。

 目が覚めたらきっと、この夢も僕のこともきれいに忘れてしまうだろう。」

「いや、いやよそんなの。私あなたを忘れたくなんかない!」

「忘れるべきなんだ、マチ。ダプナー同様、

 僕という存在はあまりに人の夢に影響を与えすぎてしまう。

 でも安心してマチ。もうダプナーは追い払ったから。

 君の夢は自然と修復され、もとの生活に戻れるよ。」



「でも、私離れたくない。もっとあなたのこと…。

 そうよ、名前。あなたの名前!あなたの夢がこの世界に散らばっていて、

 そのどこかにあなたの名前があるなら、私が探してあげる。

 だってそうでしょ。あなたの夢が見れたのは私なんだもん。

 だからお願い、夢を覚めさせないで!」

「ありがとう、マチ…元気で……。」

やがて白い光に二人はつつまれ、なにも見えなくなってしまった。







「マチコ!マチコ〜!起きなさいよ。先生にあてられてるわよ。」

飛び起きたマチコはわが目を疑った。そこは授業中の自分のクラスだったのだ。

しかも自分は、勢いで立ち上がってしまったうえに、涙まで流しているのだ。

あまりのことにクラス中の視線があつまり、やがて大きな笑い声へと変わった。

「わー、朝岡のやつ、寝ぼけて涙まで流してやんの〜!」

「やだ。マチコったら。夢見てたの?」

クラスメイトの顔はもう黒くはない。

隣の席のケイコが自分の親友だってことも自然とわかる。

マチコの生活は元に戻ったのだ。



授業が終わってもマチコへのヤジはまだ終わらない。

「よっ、夢見る少女朝岡マチコ!」

と、学年で一番かっこいいと噂されるコータに声をかけられ、

本来ならば嬉しさ半分、恥ずかしさ半分になるはずのマチコだが

不思議なことにそうでもなかった。

「あれ?私ってコータ君のこと好きだっけ?」

自分の夢の中で、遊園地デートまで敢行したはずのコータへの興味はすでになく、

逆にそれが唯一の違和感としてマチコの脳裏に残された。

自分には他に好きな人がいたような気がする。

でもわからない。思い出せない。

悶々とする思いは次第に強くなっていくばかりだ。



その日の夜。

ベッドに入っても頭にあるのは、自分の好きな人が誰だったのかということだけ。

いつどこで、どうやって出会ったのか全く思いだせないが、

どうしても会いたい。会いたい。会いたい。

…そう思っているうちにマチコは眠りについていた。







夢の中で、マチコは優雅なドレスを着ている。

お気に入りのお姫様の夢だ。

暖かい日差しの中、小高い丘の上で、白い日傘をさしながら一人たたずんでいる。

今日は少し風のある気持のよい日だ。

マチコの後ろには道があって、遠くから馬車がやってくるのが見える。

屋根のない馬車の上で馬を操るのはなんと白い猫だ。

馬車はマチコの後ろで止まった。

どうやらマチコを迎えに来たようだ。

ゆっくりと振り向いたマチコは、その瞬間すべてを思い出した。



馬車に乗っていたのは、あの黒いコートの男だ。

男は紳士的に一度、馬車を降り、

無言でマチコをエスコートし馬車へ乗せた。

マチコの眼にはすでに涙がたまっている。

それだけ永いあいだ会ってなかったような気がする。

馬車が動き出すとようやく男が口を開いた。

「お招きによって、あなたの夢に参上しました。…マチ、また会えたね。」



本当は男の名前を叫んで抱きつきたかったが、

名前が分からないのでしょうがなく

「も〜〜〜〜!!」っと、叫んで飛びつくマチコだった。

馬車は二人を乗せ、遠くに見える美しい宮殿へと進んでいく。

どうやらマチコは男の本当の名前が見つかるまで、

仮の名前を男につけようと思案中のようだ。

マチコが抱きついた際に飛んで行ってしまった日傘が、

風に吹かれて宙を舞っている。





                                      『ランドロワ・イデアル』 おわり